音楽ビジネス経験者としてモータウンに迎えられたウィリアム・“ミッキー”・スティーヴンソンという人物がいます。(愛称ミッキー)
一般にはスモーキー・ロビンソンがゴーディの右腕として有名ですが、彼もまたゴーディとモータウンを支えた重要な人物なのです。
スティーヴンソンは白人を全く信用せず、黒人の地位向上に努力し、黒人による力のあるレーベルの設立を考えていました。
しかし、方法を見出だせないでいた時にゴーディと出会ったのです。
ゴーディは彼なら忠実な部下なると考えたようです。
彼の役目はミュージシャンやプロデューサー、作曲家を監督指導する権限が与えられ、最初にやった重要な仕事はスタジオ・ミュージシャン(ジャズとブルースの精鋭たち)を集めることでした。
ゴーディも彼もブルース系ミュージシャンよりもジャズ・ミュージシャンを好んでいて、それはテクニックや創造性の面でも優れていると考えたからです。
モータウンのツアー・バンドのリーダーはチョーカー・キャンベルを、スタジオ・バンドのリーダーにはジョー・ハンターを迎える。
スティーヴンソンは以前にジャズ・レーベルの設立に手をかしたことがあり、そのコネを通じてデトロイトの有名ナイトクラブに出入りしていたジェームス・ジェマーソンやベニー・ベンジャミンなど優れた演奏家と条件付きの契約を交わすことに成功しました。
(※E・V・ダイク参加は少し後になります)
ゴーディは彼らの足下を見たのか、協力すればジャズ・レーベルを設立しジャズのレコードを作らせてあげると約束していました。
そのうちジャズのレコーディングが出来ると信じた彼らは我慢して“ミッキー・マウス・ミュージック←(嫌味な表現だそうです(^^;)を低賃金で演奏することを承知したって話です。
こうしてモータウンの心臓となるファンク・ブラザーズと言う画期的な演奏家集団が出来上がっていきます。
しかしジャズのレコードは実現しなかったようですが…
スティーヴンソンの話はかなりひろがりがあるのでまた何れしたいと思います。
これまでもよくH=D=Hがモータウンの成功を支えたと伝えてきました。
確かに彼らのチームのアイデアが上手くいったのは事実ですが、H=D=Hや他のプロデューサー・チームのイメージに応えたファンク・ブラザーズの創造力あふれるプレイが、モータウン成功の最大の理由だったと付け加えておきます♪
最後に演奏家側からみた映画「永遠のモータウン」でゲストのスティーヴ・ジョーダン(ドラマー)の印象的なコメント。
〓~歌手を悪く言うつもりはないが~どんなオンチでもヒットが飛ばせた…音が素晴らしいんだ 音楽として独立した存在だった〓
モータウン全盛期のサウンドの素晴らしさを考えると納得…
※'60年代の一部の曲にロス録音がありF・ブラザーズ以外にクレジットされなかったスタジオミュージシャンも存在しています←ちょっと気になります^^;C.Kなど
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