2013年5月3日金曜日

【モータウンな話】ダイアナ・ロス


モータウン成功の象徴であるザ・スプリームスのなかのダイアナ・ロス




ソロ歌手ダイアナ・ロスになるまでを簡単に説明すると


[1959年] ザ・プライメッツ結成。

オリジナル・メンバーはダイアナ・ロスにフローレンス・バラードとメアリー・ウィルソンそしてベティ・マグロウンのカルテットからスタートします


[1961年] モータウンと契約しザ・スプリームスに改名。

メンバーはダイアナ・ロスにフローレンスバラードとメアリー・ウィルソンの3人に


[1967年] フローレンス・バラードがモータウンを解雇となりシンディ・バードソングが加入し

“ダイアナ・ロス&ザ・スプリームス”と改名。


[1969年] ダイアナ・ロスはスプリームスを脱退しソロ歌手として活動となります


このようにダイアナ・ロス&ザ・スプリームスの活動は2年程度で


この期間でのヒット曲は「ラヴ・チャイルド」とダイアナ在籍時のラストシングル「またいつの日にか」など



イチバン輝いていたのはザ・スプリームス時代フローレンス・バラードがモータウンに在籍していた頃まで


当時ベリー・ゴーディJr.(モータウン社長)は いかに“白人層にウケる”かと


ダンスやメディアへの受け答えなどを彼女達にみっちり教育し


サウンドはH=D=Hが親しみやすいメロディをプロデュース


フローレンス・バラードのようなソウルフルで本格的な歌よりも


ダイアナ・ロスの容姿と個性的な軽い歌声が親しみやすいと考え


それが成功して一躍トップ・アイドルとなった訳です


そのモータウンの方針に不満を感じたフローレンス・バラードはアルコール中毒に陥りクビになったと言われています


〔追記〕=フローレンス・バラードが在籍中のザ・スプリームスがピークでありモータウン成功のシンボルと言われています=




ダイアナ・ロスはダイアナ・ロス&スプリームスを経てソロ歌手になったのですが


ソロに“なってから”のダイアナ・ロスにも大変興味があります









ダイアナ・ロスが脱退した後にベリー・ゴーディJr.は
シリータ・ライト(S・ワンダーの元妻)を後釜に据える考えがあったようです
それをシリータは断わり冷遇されたという話も

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