2013年5月2日木曜日

【モータウンな話】映画ドリームガールズとブラック・ソウルpart ②

つづきを





エフィが抜けたドリームガールズは

ディーナ・ジョーンズ&ドリームガールズとして頂点に立つと

カーティスが次に目をつけたのは畑違いの映画でした






◇次のシーンにも有名なエピソードが含まれています

C.C.ホワイトがジミー・アーリーに曲を提供している場面



◇エピソード
このシーンのジミーはマーヴィン・ゲイになってます


曲も「ホワッツ・ゴーイン・オン」に真似て作られていますね


しかしカーティスはイメージばかりを気にして


メッセージが邪魔だと認めないため映画ではお蔵入りになるのですが


※マーヴィン・ゲイの場合は交換条件を出してリリース出来たと


◇その後エフィはソウルシンガーで再活動し


◇一方のジミーは(Jブラウンになってる!?😅)



またもソウルが歌えないことでステージをぶち壊し

カーティスからとうとうクビを宣告され

ジミーも「ソウルは殺させんぞ!」とレインボー・レコードを去ることになります

(カーティスとの決別シーンの画像が消えてしまった(/o\)

マーヴィン・ゲイやモータウンではないジェイムズ・ブラウンのエピソードも🤣


◇さらに印象的なシーンはこちら


↑↑↑
客席でのC.C.ホワイトもソウルが失われていくことに気づき始めてゆく表情は
まさにH=D=Hを思い出させます…


このような視点から観るのも非常に面白く感じました

これは、フィルモアのアレサかな?😅


モータウン以外の有名なエピソードがちょいちょい入りますね!






2013年5月1日水曜日

【モータウンな話】ベリー・ゴーディーJr.ってどんな人?



ベリーゴーディーJr.がモータウンを設立したのは かなりの昔の話ですが


本や映画などでその時代の情報も未だに発信されています


微妙に違っていたり美化されていたり またその逆も…


よく伝えられているのは


ベリーさんは元ボクサーであり
レコード店オーナーになるも上手く行かず

その後ソングライターとして活動します

ボクサー時代の顔見知りだったジャッキー・ウィルソン(元ボクサーでシンガー)に曲を売り込み ヒットし


バレット・ストロングに書いた「マネー」もヒットするなど順調に見えたが


ソングライターとして儲からない事を痛感します


じゃあ自らレコード・レーベルを立ち上げようじゃないか!と


(途中 ベリーさんの姉達との共同作業やスモーキーとの出会いが抜けていますが お許し下さいませ)


とにかくハングリーさとお金儲けが強調されています


モータウンの特徴的なのは 作詞・作曲・演奏など専門のチームをつくり


それぞれの良さを引き出しながら(個々でも切磋琢磨させて)1つの曲を


ベリーさんが納得ゆくまで作るやり方


当時でも珍しかったようです


その時代に合ったベリーさんの音楽センスと


H=D=Hや映画でも話題になったファンク・ブラザーズなど


優秀なスタッフそして歌い手が集まって来る場所を作った事が




ベリー・ゴーディJr.という方の才能でしょうね♪







【モータウンな話】モータウン・ファミリー



ナゾの人[コール] 
モータウンって本当に興味深い会社ですね



ナゾの人[レスポンス]
何や 急に!



ナゾの人[コール]
昨夜 モータウン・ファミリーを調べていたんだけど


色んなビックネームが出てくるんだ


ジョニー・ブリストルさんやマーヴィン・ゲイさん


そしてジャーメイン・ジャクソンさんも



ナゾの人[レスポンス]
そらぁみんなモータウンのミュージシャンだからなぁ



ナゾの人[グルーヴ]
いやっ


コール君が言っているのはゴーディ一家と言った方がいいですね


マーヴィンはゴーディの姉アンナと


ジョニー・ブリストルはゴーディの姪


そしてジャーメインはゴーディの娘さんと


それぞれ結婚し


後に皆さん離婚されてます…


私はどちらかと言うとゴーディの兄弟(姉妹)に興味があります


ベリー・ゴーディJr.が会社を立ち上げた当時の話ですが


当初ゴーディはモータウン設立時にジョベット・ミュージックなる出版社も運営


兄ロバートに出版社を任せ


モータウンの経理には妹たちエスターとルーシーが担当
父のベリー・ゴーディSr.は雑用などに就いた


その後 姉の二人も加わることになりますが


ゴーディはモータウン設立より前


早くから音楽業界にいた姉グウェンドリン(グウェン)と親しかったビリー・ディヴィスと組み
(チェス・レコード繋がり)



アンナ・レーベル(姉の名からとった・アンナ自身は有限責任社員)からジャッキー・ウィルソンの曲をリリースしています


これもチェス繋がりでしょうか


ハーヴェイとトライ・フィと言うレーベルを持つ


ハーヴェイ・フークゥア(マーヴィンの育ての親と言われている)とグウェンは出会い結婚


後にフークゥアそしてアンナのレーベルも整理され


モータウンが吸収するかたちになりました


その関係でジュニア・ウォーカー&オールスターズやマーヴィン・ゲイ


そしてスピナーズにジョニー・ブリストルとラモント・ドジャーまでが


モータウン所属アーティストになったと聞いてます


チェス・レコードとの繋がりも非常に興味深いですが


モータウンに来たラモント・ドジャーやブリストルはプロデューサーになり頭角を表します


一方のマーヴィンは才能があり過ぎて器用な為セッション・マンや女性歌手とのデュエットを次々組まされたりし
モータウンの完全分業制のシステムによる制約を長らく受けていました…


皆さんくっついたり離れたり大変(汗)






【モータウンな話】真面目なスモーキー

スモーキー・ロビンソンて誠実そうですよね




モータウン・サウンドが生まれた


60年代初頭のアメリカといえば


歴史的な反人種差別・公民権運動が高まってきた時代ですが


まだ黒人に対する差別が根強くある時期


ですから当時の音楽業界は白人で成り立っており


黒人音楽に興味がある白人の若者に


レコードが手に入りにくい状況にありました


そこでベリーゴー・ディーJr.は一部批判もありましたが


白人のバーニー・エイルズを


営業の重要ポストに据えることで


その壁を乗り越えようと考え


サウンドの方は ミラクルズのデビュー(タムラレーベル)を


手助けしてからの付き合いである


スモーキー・ロビンソンを副社長に就任させ


モータウンを共に支えた



スモーキー・ロビンソンは実に多彩な才能がある方で


ミラクルズのリード・ヴォーカル以外にも


ソング・ライター兼プロデューサーとして能力を発揮


ご本人の歌声やメロディも素晴らしいのですが


とくに作詞家としての評価が高い方です



1967年にボブ・ディランが発言した有名な言葉


「スモーキー・ロビンソンはアメリカで今生きている最も素晴らしい詩人である」




THE FREEWHEEIN'/BOB DYLAN





【モータウンな話】ウィリアム・“ミッキー”・スティーヴンソン



音楽ビジネス経験者としてモータウンに迎えられたウィリアム・“ミッキー”・スティーヴンソンという人物がいます。(愛称ミッキー)



一般にはスモーキー・ロビンソンがゴーディの右腕として有名ですが、彼もまたゴーディとモータウンを支えた重要な人物なのです。



スティーヴンソンは白人を全く信用せず、黒人の地位向上に努力し、黒人による力のあるレーベルの設立を考えていました。

しかし、方法を見出だせないでいた時にゴーディと出会ったのです。

ゴーディは彼なら忠実な部下なると考えたようです。



彼の役目はミュージシャンやプロデューサー、作曲家を監督指導する権限が与えられ、最初にやった重要な仕事はスタジオ・ミュージシャン(ジャズとブルースの精鋭たち)を集めることでした。



ゴーディも彼もブルース系ミュージシャンよりもジャズ・ミュージシャンを好んでいて、それはテクニックや創造性の面でも優れていると考えたからです。



モータウンのツアー・バンドのリーダーはチョーカー・キャンベルを、スタジオ・バンドのリーダーにはジョー・ハンターを迎える。



スティーヴンソンは以前にジャズ・レーベルの設立に手をかしたことがあり、そのコネを通じてデトロイトの有名ナイトクラブに出入りしていたジェームス・ジェマーソンやベニー・ベンジャミンなど優れた演奏家と条件付きの契約を交わすことに成功しました。

(※E・V・ダイク参加は少し後になります)

ゴーディは彼らの足下を見たのか、協力すればジャズ・レーベルを設立しジャズのレコードを作らせてあげると約束していました。

そのうちジャズのレコーディングが出来ると信じた彼らは我慢して“ミッキー・マウス・ミュージック←(嫌味な表現だそうです(^^;)を低賃金で演奏することを承知したって話です。



こうしてモータウンの心臓となるファンク・ブラザーズと言う画期的な演奏家集団が出来上がっていきます。

しかしジャズのレコードは実現しなかったようですが…



スティーヴンソンの話はかなりひろがりがあるのでまた何れしたいと思います。

これまでもよくH=D=Hがモータウンの成功を支えたと伝えてきました。

確かに彼らのチームのアイデアが上手くいったのは事実ですが、H=D=Hや他のプロデューサー・チームのイメージに応えたファンク・ブラザーズの創造力あふれるプレイが、モータウン成功の最大の理由だったと付け加えておきます♪



最後に演奏家側からみた映画「永遠のモータウン」でゲストのスティーヴ・ジョーダン(ドラマー)の印象的なコメント。

〓~歌手を悪く言うつもりはないが~どんなオンチでもヒットが飛ばせた…音が素晴らしいんだ 音楽として独立した存在だった〓


モータウン全盛期のサウンドの素晴らしさを考えると納得…


※'60年代の一部の曲にロス録音がありF・ブラザーズ以外にクレジットされなかったスタジオミュージシャンも存在しています←ちょっと気になります^^;C.Kなど

【モータウンな話】H=D=H


H=D=H←サプリメントみたいにひひ



ホーランド=ドジャー=ホーランド


エディとブライアンのホーランド兄弟とラモンド・ドジャーのソングライター兼プロデューサートリオ


ベリーゴーディーJr.がタムラを設立したその後


黒人運営独立レーベル モータウンを設立したのは

スモーキー・ロビンソンのアドバイスによってだと言われてます(この辺りの細かい話は何れ)


モータウンの初期を支えたスモーキー


それを引き継ぎモータウン・サウンドを世に送り出したしのがH=D=H


モータウンが70年までの全米1位は21曲で うち12曲が彼らによるものだそうです


しかし その後 楽曲印税などの不満でモータウンを離れ訴訟を起こすまでに…



でもね 鬼才ノーマン・ホイットフィールドやスティーヴィーの師匠など


モータウンを支えた方達は いっぱい居るわけです


今後 記してまいります♪

【モータウンな話】ファンク・ブラザーズ



「永遠のモータウン」と言う映画で有名になった

ファンク・ブラザーズ

彼らもまたモータウン・サウンドを陰で支えた


スタジオ・ミュージシャンの集団です


永遠のモータウンと言う映画は


簡単に言うと演奏家にスポットを当てた


ドキュメンタリー映画です


彼らはJ-5やマーヴィンそしてスモーキー


フォー・トップスやスティーヴィーなど


数多くのヒット曲に参加しました


ただアルバムにはクレジットされず


彼らの存在は80年代に入った頃まで


一般には知られる事がなかったのです


映画の冒頭シーンではレコード店にて


インタビュアー「音楽映画を撮ってます」「音楽の知識はありますよね?」

女性客「ええ 少しはね」

インタビュアー「モータウンは?」

女性客「曲はすきだわ」


インタビュアー「スプリームスのバックは?」「演奏してたのは誰?」

女性客「わからないわ」


インタビュアー「気にしたことは?」

女性客「そういえば ないわね」

インタビュアー「ファンク・ブラザーズが全部 演奏してた」

女性客「知らなかったわ」

別の若者にも同じような質疑応答が行われるシーンから始まります




一躍有名になったファンク・ブラザーズ


2004年グラミー賞・功労賞を受賞


勿論すべてのヒット曲が彼らによるものとはかぎりませんが


モータウン・サウンドは彼ら抜きには考えられません