2013年5月21日火曜日

スターズ・オン



クラシック・ファンの方ごめんなさいm(__)m

そしてザ・ローリングス・トーンズや
スティーヴィー・ワンダーのファンの方にもごめんなさい。


と言うのも 私が洋楽を聴き出した頃

これらのアルバムを興味本意で買っていたのです


フックト・オン・クラシックス~ショッキング・クラシックス・メドレー106



ショッキング・ストーンズ&スティーヴィー33/スターズ・オン
THE SUPERSTARS/STARS ON



クラシックをメドレーで聴くのはどうかと思いながら・・・

でも ルイス・クラーク指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
↑↑↑
何か聞いたことあるぞ!?


しかしスターズ・オンは完全コピーメドレーで

当時は反感もあり多少問題があったかと…

ストーンズは似ていないけれど

悔しいがスティーヴィーは似ているんですよね


このシリーズではビートルズ編が全米1位になり

その他にもビーチボーイズやアバにカーペンターズそしてシュープリームスなどもありましたね

アマゾンを見たら 全て収められているCDが10万円くらいの値段になってました!!

アーティストからしたら不愉快でしょうが・・・

80年代はどんなレコードでも売れた時代でしたね(^^;


SILVER CONDORって?


'80年代に「夜明けのテイクオフ」って曲が流行ったのをふと思い出し


Amazonを見ると再入荷の見込みが立っていないため・・・の文字が


詳しい情報記事もなく・・・


流行ったのは この1曲だけなん!?





シルバー・コンドル「夜明けのテイク・オフ」

■デビット・ボウイ、ジョン・レノンのバック・ギタリストとして人気を集めるアール・スリックが中心となりバンド結成。ハートのマイク・フリッカーをプロデュースに迎えLA録音。(アルバム帯より)



彼らのデビューアルバムですが

アルバム・タイトルと同じ「夜明けのテイク・オフ」がヒットした記憶があります

当時流行りのメロディアスなロックで口ずさみやすい曲

やはりヒットしたのはこの曲だけだったよう・・・

アルバム全体としても悪くないんですけどね♪


ジョー・セリアーノ(Vo)

アール・スリック(G)

ジョン・コーリー(G.Kb.Vo)

ジェイ・デイヴィス(B)

クロード・ペッパー(Ds)

プロデュース/マイク・フリッカー


2013年5月20日月曜日

ジョン・クーガー








ジョン・クーガー 本名(ジョン・メレンキャンプ)



一発屋のイメージだったのですが



本名でご活躍されていましたねm(_ _)m



【JOHN COUGAR】



デビューする際


ケンカ好きなジョンをアメリカンライオンの名称「クーガー」のイメージから


マネージャーが名付けたそうです



何といっても あの「にがみばしったヴォーカル」から歌い上げた


☆JACK & DIANE☆はとても印象的でした
❬シングル全米1位獲得❭



その他には[HURTS SO GOOD]も大ヒットし



最優秀男性ロック・ヴォーカル・パフォーマンス賞 授賞



1982年アメリカで最も売れたアルバム『AMERICAN FOOL』より

John Cougar@YouTube

RAY PARKER JR.


レイ・パーカーJr.:1954年5月1日生まれ(デトロイト)


夢のサウンドが生まれた街←(私が勝手に思っているだけ^^;)デトロイトの出身なんですね


このかたのレコード・アルバムはひとつしか持っていませんが


当時は繰り返し何度も聴いていました



レイ・パーカーJr.&レイディオ DELUXE PACKAGE'82


「パーティ・ナウ」と「ウーマン・ニーズ・ラブ」の二枚組なのでお得なやつ(^_^;)













[アルバム解説]
シェル・リン、ブリックなどのプロデュースも手掛け、よりパワー・アップした仕事振りはまさに“スティービー・ワンダーに続くニューポップの若き貴公子”と呼ばれるにふさわしい。15才のときにはマーヴィン・ゲイのレコーディングに参加。モータウンのセッションマンとして活躍。'73年スティービー・ワンダーのサポーティング・バンド、ワンダーラブのギタリストを務め大いに注目を集めた……
[アルバム解説より]

当時のレイパーカーJr.さん「将来は映画俳優になるのが夢」だと語っていたようです



プリーズ!ミスターDJ


RAY PARKER JR.とAC/DCがマッシュアップした【Thunder Busters】も格好いいですよね!


でも今回はアナログレコードの紹介です。


プリーズMr.DJ(THAT OLD SONG)
RAY PARKER JR.& RAYDIO




【THAT OLD SONG】

☆☆…………楽しかった日々がなつかしい

あの歌詞あのメロディが

恋の記憶を蘇らせる…………

プリーズミスターDJ


あのオールド ソングを掛けてほしい

僕の大切な人を呼び戻す

手助けをしておくれ


あのオールド ソングをもう一度☆☆




☆OK!

AIR SUPPLY



「ロスト・イン・ラブ」と「シーサイド・ラブ」 DELUXE PACKAGE '82


デラックスでお得な二枚組です(^-^)




彼らのアルバムは気球が写ったジャケットが素敵なのですが、このアルバム・ジャケットはシルバー1色で質素ですが、中身は魅力的♪


なかでも“LOST IN LOVE”が大ヒット。


その他にも優しい曲ばかりで癒されますね。


解説から一部抜粋('82年現在)。
「ロスト・イン・ラブ」「オール・アウト・オブ・ラブ」「ときめきの愛を(この世のすべての女性へ)」そして「シーサイド・ラブ」と4曲立て続けに大ヒットさせたエア・サプライ。'80年代に入ってから4曲連続全米トップ10入りさせた唯一の存在がエア・サプライです。しかもそのうち2曲が全米1位という記録も勿論'80年代初の快挙。レゲエの国ジャマイカやサンバの国ブラジルでも1位を記録、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、オランダなど世界各地で実に800万枚を売るなど大活躍……………。(アルバム解説より)

大ヒットした4曲も勿論入ってます♪


2013年5月19日日曜日

アダム&ジ・アンツ/A☆AM &THE ANTS

STAND AND DELIVER/スタンド・アンド・デリバー
SIDE B ビート・マイ・ゲスト


1980年当時は、とても話題になっていたのは覚えてます。


[解説より]
〓アダム・アントのプロとしての仕事は、1977年レストランでの演奏からです。当初は音楽ジャーナリストからは、「パンク・ロックの域を脱しきれないグループ」と言われていたが、“Ant Music For Sexpeople”の言葉をニュー・ムーブメントの象徴と信じ活動。
1979年にマイナー・レーベルからのデビュー・アルバムは10日間で2万枚を売り上々のスタートを切りました。〓


※調べてると、彼らが本格デビューする前に、マネージャーのマルコム・マクラーレンは、バンドのメンバーを引き抜き「バウ・ワウ・ワウ」を結成。
↑↑↑
アダム・アントがマネージャーに裏切られたとなっていますが、レコードの解説によると、メンバーの脱退が相次ぎ、一人になった彼は、マルコムと出会い、彼のアイデアを受け継いだとなってました。


※マルコム・マクラーレンは、セックス・ピストルズなども輩出した方なのですね…


[解説から]
アダム・アントは、新メンバーと共に、移籍したCBSから快進撃が始まります。アルバム『アダムの王国』は10週連続1位ビックリマーク
■アルバム・チャート10週連続1位は、ミュージック・ウィーク誌創刊10年にして初めてという金字塔ビックリマーク


日本でも、とても話題になっていましたが、イギリスでは、国民の英雄とまでも言われていたようですビックリマーク


イギリス中に、子供アンツ軍団もあふれだしたビックリマーク


シングル「スタンド・アンド・デリバー」は、初登場1位、5週連続首位の座を守るビックリマーク


当時イギリスでは、アルバム30万枚でプラチナ・ディスクだったようですが、『アダムの王国』は日本に紹介された時点では120万枚でしたビックリマーク

もうビックリマークだらけあせる




バンドとしての活動は1982年まで。